5-1 妹の合宿が始まった。

俺は、二階にある自室で仔実装の世話をするのは階段から落ちそうで心配だからと、もっともらしい理由を付けて、
以前祖父が住んでいた離れで面倒を見る事を両親に告げた。
祖父はオーディオ趣味があり、離れには防音対策がされている。ここなら家に音が漏れる事は無い。
俺は仔実装「ティー」に、ケージから大切なものだけを持って来させ、小さな箱に入れて離れへと運んだ。

ティーは箱からカーペットに下ろされると、本能的に暗い所を警戒しているのか、ベッドの下の暗がりじっと見つめて
小さくテチテチ鳴いている。ティーの「大切なもの」は、スポンジボールと、妹に貰ったという”お守り袋”。
さっき確認したが中身のお札は無い。袋も所々擦り切れ、ほつれていた。

「キラキラした袋がぶら下がっていたから見ていたら、イモウトサマがくれたテチュ」
「これは”オマモリ”って言うテチュ。ティーの事を守ってくれるんテチュ」
5-2 「今から妹が帰ってくるまでの間、俺がここでお前の世話をする。妹はどうしていたか知らないが、
自分で出来る事は自分でやってもらう。いいな?」

「はいテチ。イモウトサマと一緒の時もそうでしたから大丈夫テチ」

「よし、それじゃまず、自分の服を洗濯しなさい」

妹は自分の事で手一杯で、ここ数日ティーに洗濯の用意をしていなかったようだった。
ケージの横の箱には、ティーの汚れたパンツや実装服が数着、そのままになっていた。

俺は大きめのお椀にぬるま湯を張り、ティーに洗剤と洗濯物を渡すと、張り切って洗濯を始めた。

「テッチ、テッチ、テッチ」

キメの細かい泡をたて、緩急をつけて布地同士をこすり合わせている。思ったより手並みが良い。
5-3

「ずいぶん上手じゃないか」

「テチッ!ティーのオテテにはニンゲンサンみたいなオユビがあるんテチ。だからティーは”オセンタク”や
”オソウジ”が得意なんテチ!」

そう言って、こちらに両手をかざした。
ティーの手のひらには、人間の親指に当たる位置に小さなこぶがあり、ぴくぴくと動いていた。
到底”人間のような指”ではないが、それでも普通の実装石に比べれば大分器用な作業が出来るのだろう。

「本当だ。凄いんだな、ティーは」

「テチ……」

ティーは真っ赤になって微笑んだ。

* * *

6-1

洗濯の後は掃除をさせてみた。
とはいえ、仔実装に本格的な掃除は無理だろうから、テーブルの上を濡れ布巾で拭かせるだけだ。
極小サイズの布巾で丁寧にテーブルを拭いて、汚れてきたら水を張ったプリンの空き容器で漱ぎ、絞る。
ここでも”指”が効果的に使われているようで、非力な仔実装の割りに水がきちんとキレている

「早く大きくなって、もっとオウチのお手伝いをできるようになるテチ 」

そう言ってこちらを見上げる。 ティーの赤と緑の瞳。それを見ると”あの日”ティーが流した血を思い出す。

床に広がった、赤と緑の血液。
切断面から噴出す血液。
ティーの悲鳴。

……だめだ、沸き起こる衝動を我慢できなくなりそうだ。
俺は少しだけ欲求を解消する事にした。

6-2

俺はティーに掃除を終えるように言った。

まだ拭いてない部分があるのが嫌なのか、残念そうにその部分を見ている。
俺はその隙に、ある場所を塞ぐ役目をしていた板きれを取り払った。

「ちょっと出かけてくる。ご飯の時間までお手伝いは無いから、ボールで遊んでていいぞ」

「はいテチ!行ってらっしゃいテチュ!」

お気に入りのボールで遊ぶのが嬉しくてならないようだ。
俺がドアを閉める前にもうボールを転がし始めた。急がなければ!

俺は自分の部屋へと走った。

* * *

補足「離れ見取り図」 文章で部屋の様子を説明するのが難しいので見取り図を描きました。

* * *

7-1 ティーは喜んでいた。

"妹"は最近、自分の部屋でボールを転がすのを許さなかった。
仕方なくリビングで遊んでいた時、ふとした拍子にボールが家具の裏に入り込んでしまった事があった。
"妹"に頼んで取ってもらったが、酷く叱られ、ボールを取り上げられそうになった。
それ以来、ティーはボールを遊びをしていない。

だからティーは「」が許可を出すと、すぐさまボールを転がしだした。

「テチッ!」

ボールが転がる。それを追いかけてティーが走る。
追いついてボールを捕まえると、また転がす。
だんだん勢いも増してくる。久しぶりのボール遊びに、ティーは夢中だ。

そうして遊んでいるうちにティーはある事に気が付いた。
7-2 この部屋ではボールを転がすと、自然に部屋の隅に向かって行く。
しばらく不思議そうに思っていたが、やがてティーはいい事を思いついた。

「テチッ!」

テーブルの脚にボールを投げつけると、跳ね返ったボールがティーの少し手前に落ちた。
すると、ボールがひとりでにティーのところに転がってきた。

ティーはボールが部屋の隅に向かう事に目を付け、一人でキャッチボールのような遊びをはじめた。
仔装石の反射神経では、どこにやってくるか解らないボールは捕ることはできない。
だが、力を加減して手前に落ちるようにすれば、この部屋では自動的に部屋の隅に向かう。
そのコースで待っていればティーにもボールを捕ることが出来た。
7-3

ティーにとって、自分に向かって来るボールを捕まえるのは本当に久しぶりだった。
ボールを買い与えた「」の親が、昔はリビングでよく遊んでくれた事をティーは思い出した。

「きっとゴシュジンサマは、もっとタクサン”オテツダイ”が出来るようになれば、また遊んでくれるようになるテ
チ。ティーは早く大きくなるテチ!」

そう思った時、手につい力が入りすぎた。
ボールはバウンドしながら戻ってきた。ティーの頭に当たって更に大きく跳ね、部屋の隅へ向かう。

「テテ・・」

ティーはボールを目で追った。

ボールは部屋の隅に跳ねて行き、板のむき出しになった部分へ落ちると、吸い付いたようにピタリと止まった。

「テ?」

ティーは妙な違和感を感じたが、そこまでで思考は停止した。
ティーはボールを取る為、部屋の隅に走っていく。

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